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ナイジェル・ケネディ(vn) ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団 (rec.1990/8/26&26) EMI/CDC 7 54187 2(輸) |
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小生はモーツァルトやベートーヴェンまでの協奏曲ならけっこう聞くが、実はそれ以降の協奏曲は、ピアノにしてもヴァイオリンにしてもはほとんど聞かない。チャイコフスキーの有名なピアノ協奏曲第1番にしても、リヒテル&カラヤン盤とカーゾン&ショルティ盤しかない。カーゾン=ショルティ盤は、クナのブラームス:ピアノ協奏曲第2番が入ってCDを、それを目当てに購入したら、フィルアップされていたという程度のことでしかない。シューマン、リスト、ショパンのピアノ協奏曲はそれぞれ1種類しかないのだから、シューマンが好きな割には、いやはや、なんともはや(^^;;;;。協奏曲好きにみなさん、このホームページには、協奏曲はあまり登場しません。悪しからず、ご容赦を。交響曲は腐るほどあるのにねぇ(^^;;;;。 ところが、小生宅には少ない協奏曲のCDでも、ブラームスのヴァイオリン協奏曲だけは、なんと7種類もあった(^^)。ヴァイオリニストが目当てなのは5種類で、あと2種類はオイストラッフ&クレンペラー盤、このケネディ&テンシュテット盤と、指揮者を目当てで購入したものだ。ヴァイオリニストが目当てのCDは、ヌヴー2種類、マルツィ2種類、ナージャのすべて女流で、小生の趣味がもろに出ている(^^)。ナージャのCDジャケットの胸元にはクラクラする(あまり趣味の女性ではないが・・・)。なぜ、ナージャのCDが小生宅にあるのか自分で分からないが、きっとその胸元で買ったに違いない(^^)。 演奏は、ダントツにヌヴーが面白い。指揮はイッセルシュテットとドラティのものを持っているが、どちらも録音が古く、音が悪いのが難点だが。胸元クラクラのナージャ盤もなかなか面白かった。マルツィ盤2種類(TESTAMENT,GREEN HILL)は予想通り、りんとした空気を感じる、いささか硬めの演奏。小生、そもマルツィの堅さが好きだが(^^;。 ところが、男性ヴァイオリニストの2枚は、普通に考えれば名演なのだが、女性奏者の演奏に比較して、面白さは多少後退しているように感じた。旋律線の歌わせ方や没入度など、女性奏者の方が入り込みやすい音楽なのか。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲は、逆に男性奏者の方が小生好きなCDが多いので、その当たりをいろいろ考えると、ベートーヴェン、ブラームスのヴァイオリン協奏曲の性質などが理解できるのかも知れない。ブラームスのヴァイオリン協奏曲自体、そんなに聞いているわけではないので、偉そうなことは言えないが・・・。他にミルシュテイン&ヨッフム盤を『Kna-parc ML』でお薦めいただいているので、聞いてみたいとは思う。
ブラームスのヴァイオリン協奏曲は、小生にはなんだかベートーヴェンとチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の間に感じる。昔からベートーヴェン、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲と併せて、3大ヴァイオリン協奏曲と呼ぶそうだが、さて・・・。 第1楽章 規模の大きな楽章。全曲の半分くらいを占める。この第1楽章を聞くと、小生はベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲が頭の中でこだましてしまって、なかなか客観的に聞けない。 長大な序奏のあと(90小節までソロヴァイオリンは無音だ)、84小節からの第1ヴァイオリンの盛り上げてゆく楽句のあと、千両役者のようにしてソロヴァイオリンが登場する。ヌヴー&イッセルシュテット盤は全体で22'04"だが、ケネディ&テンシュテット盤は26'17"をかけて、演奏する。ゆっくりとした序奏部から始まり、全体にたっぷりとはしているが、少し間延びしているようで、ヌヴー&イッセルシュテット盤のような緊迫した音楽にはなっていない。ケネディのヴァイオリンは元々線が細いが、そのこととも関係しているのだろうか? 133小節のリタルダンドでまでが、千両役者のように登場したソロヴァイオリンの手合わせで、それからウネウネと本当の主部に入るまでの経過句が続く。206小節から、緩やかに歌うようなソロヴァイオリンによるメロディの登場によって、ようやくこの楽章の本来の出発点のようだ。 テンシュテットは元々、ヴァイオリニストなだけに、ソロヴァイオリンのじゃまにならないように、そして効果的にケネディをサポートしてゆくが、それほどテンシュテット本人の音楽がでしゃばったバックではない。このあたりは、オイストラッフのバックをつとめるクレンペラーと少し異なる点か。オイストラッフ&クレンペラー盤はケネディ&テンシュテット盤よりも早めのテンポだが、序奏部や主部に入ってからも管弦楽が恐ろしく雄弁で、オイストラッフのヴァイオリンもそれに合わせたのか、ケネディに比較して相当雄弁でスケールが大きい。 ケネディ&テンシュテット盤はブラームスの音楽を聴くというより、ケネディの繊細で壊れそうな感性を聞く趣だが、オイストラッフ&クレンペラー盤はブラームスそのものを感じさせてくれる。206小節からの情感も『なるほど』とうなずける。 ヌヴー&イッセルシュテット盤は、管弦楽の響きは小粒で、たまにヌヴーのヴァイオリンを押しのけてしゃしゃり出ようとするが、それを上回るヌヴーのヴァイオリンに押さえられる。なによりヌヴーのヴァイオリンの表現の豊かさに驚く。ひとつひとつのフレーズはもちろん、経過的な楽句も大きな共感と感興をもって弾かれる。ヌヴーと言えば、ブラームスのヴァイオリン協奏曲、ブラームスのヴァイオリン協奏曲と言えばヌヴーという評価が納得できるような演奏である。ヌヴー&ドラティ盤は録音のせいもあり、さらに管弦楽が小粒で、ヌヴーのアゴーギグやフレージングもより自在で面白いのだが、いかんせん小生が聞いたMUSIC & ARTS盤のCD化の限界もあり、イッセルシュテットとの演奏の方が良かった。
第2楽章
第3楽章 ケネディ&テンシュテット盤は、指揮者にはその特徴を出しにくい楽曲であり、『こりゃぁ、テンシュテットですよ』といえる部分は少ない。ベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲でのように、『ここまでやるか』と言うような発見があったわけでもない。 このCDの魅力は、第2楽章に尽きると思う。テンシュテットのバックも美しいが、ケネディのソロヴァイオリンも他の演奏では聞くことのできないような、美しい魅力に富んでいる。 小生、最初に書いたように、協奏曲全体があまり聞くことはなく、非常に偏った聞き方をしている。ブラームスのヴァイオリン協奏曲では、ここで取り上げた演奏以外にも、魅力に富んだ演奏があるに違いない。識者のみなさんのご叱責、ご教示をいただければ幸いです。
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